壊された壁

鼻を突く硝煙の臭い

床を赤く染め上げている血

数体の物言わぬ肉塊

地獄絵図とも言える

その場所に

一人の少年が座っていた

少年は

一人の少女を

抱きしめていた

少女の手には

一輪の白い花が握られていた

少女の顔には

生気が無い

だが、微笑んでいた

少年は

少女の顔を見て

涙を流した

そして

少年は意識を手放し

その場に倒れた



狂華

序章:狂気と華




暗く、月も無い夜。 一人の青年がある建物の中に立っていた。 彼の周りは数体、否数十体の死骸で埋め尽くされていた。 数刻前までは、生命活動を行っていた人間だった。しかし、今は紅く彩られただけの有機物。 青年はそれらを見つめていた。
右の漆黒の瞳で。
左の真紅の瞳で。
そして、視線を目の前の男へ向け、一言だけ呟いた。

「何か言い残す事は無いか?」

感情の抜け落ちた、機械的で無機質なそんな声。目の前の男を今から確実に殺そうとしている言葉だった。今の青年の目には“狂気”だけが満ちている。

「や、やめてくれ!」

青年の声や態度に対し、男は恐怖に埋め尽くされている。男の全身には致命傷とは言えないまでも既に無数の切り傷があった。青年はそんな男を見下すかのように数秒だけ眺めて再び機械的な声を発する。

「今更、やめてくれか……。君は三年前のあの事を覚えているだろう?」
「さ、三年前? 何の事だ!?」

男にはまるで見当も無いようだった。しかし、青年は“三年前の出来事”を確実に憶えているらしく、男を睨んでいた。

「もう、忘れたのかい? まあ、君たちのような殺し屋は、殺した人間の事なんか覚えてないかな?」
「三年前に殺した人間? まさか、お前は……生きてたのか!?」
「御名答。さて、そろそろ御喋りの時間は終わりだ。死を懇願するほど苦痛を与えて殺してあげるよ」
「や、やめ……」

青年は容赦無く右手で握っている刀を男の腕に目掛けて振り下ろした。彼の腕力ならば、そのまま腕を切断することも出来た。だが、彼はそれをしない。骨を半ばまで断ち切ると刀を捻る。ゴギャリ、という鈍い音と共に男の右腕の骨が肉を突き破って露出する。余りの激痛に男は悲鳴に似た叫び声を上げる。その声を気にも止めずに青年は刀を抜き、のた打ち回る男の右腕を足で押さえ付けそのまま捻じる。それで男の右腕は完全に身体から離脱した。引き千切ったかのような傷が傷口として残る。男は身体をビクビクと痙攣させて意識を闇へと飛ばそうとしている。青年は男の様子を見ると懐から注射器のような物を取り出し、男の左腕から薬物を注入する。

「ククククク……まだ、寝ては駄目だ。まだまだ、これからだ」
「も……もう、止めて、くれ……ころ、し……て、くれ」

薬によって意識を取り戻した男が懇願してくるが、それを無視し今度は左腕に取りかかる。青年は男の左手を握り、そのまま力を込めて握力だけでグチャグチャにした。そして、手を握ったまま今度は胴体へ足を掛け、子供がおもちゃを乱暴に扱うかのように握っている手を振り回す。在らぬ方向へと男の左腕は曲がり、動脈が内出血を起こしたのか少しずつ膨れ上がっていく。それでも構わずに腕を振り続けると、青年の行動に腕が耐えきれ無くなり腕が轢断れきだんされる。それと同時に腕の中に溜まっていた血液が勢い良く噴き出され、辺りを紅く染める。それを満足げに眺めると、再び刀を手に握り、今度は両の足へと何度も突き刺す。既に人間の限界量とも言える血が周囲には流れていた。それを感じ取ったのか、青年は突き刺す手を止め、男の胸元へと刀を持ってくる。

「さあ、これで最後だ。楽にしてあげるよ」

そう言って男の心臓へと刀を突き立てる。それで男は完全に絶命した。
青年は刀に付いた血を拭うと鞘に刀を納める。そして入り口付近に戻り、再び男の目の前に戻ってくる。彼の手には紫色に近い華の束が握られていた。全て同じ華だった。数十輪もあるそれを青年は躊躇ためらい無くばらく。ヒラヒラと宙を舞った華は地面につくと紫色の花弁を紅く染め上げていく。その様子を十二分に眺めた青年は先程とは違い、わずかに感情のこもった声で呟く。

「君が最初だ……この花の名はリコリス。花言葉は『悲しい思い出』彼女の命を奪った君へ僕から贈る花だよ」

目の前で絶命している男への呼びかけ。 その声には怨恨とも悲哀ともいえる感情が読み取れる。
と、そこへ。

―――プルルプルル、プルルプルル

暗闇に鳴り響く電子音。青年は血でべったりになったままの手で携帯電話を取り出すと電源を入れる。黒い携帯電話から血が滴り落ちて行く異様な光景を気にも介さずにに話を始める。

「はい……任務は完了しました。……分かっております。では」
―――ピッ

事務的な事をニ、三、話しただけで電話を切ると青年はほとんど原型を留めずに絶命している男を一瞥いちべつした。そして、今までとは違った雰囲気で僅かに微笑むと一言だけ呟いた。

「後、二人か……」

その言葉が終わると同時に彼は闇に溶け込むかのように姿を消した。



第一話へ