また、上から何か言われるな……。
今朝のニュースから察するに意外と足がつくかもしれない。
あそこまで派手に“華”をばら
道端には色取り取りの花で満ちている。暖かいから暑いに変わり始めるような時期。新品に近い制服に身を包んで静江と亮は登校中だった。亮が道端に咲く花を見てゆっくり歩いているのに対して、静江はきびきびと、速いとも言える速度で学校へ徒歩を進めていた。
「亮、もっと速く歩いて下さい」
速度を落とし、とは言え、歩を進める事を止めずに静江は亮に命令する。静江の命令にゆっくりと歩いていた亮は
「……良いだろ? 個人の自由なんだから」
「良くはありません。遅刻したら月詠荘の
相変わらず歩を進めながら、静江は亮に理由を説明する。はっきり言って亮の意見などスルーするつもりであるのが目に見えている。
「はあ……何でそんなに僕に関わろうとする?」
「別に関わってなんかいませんよ」
「嘘だ。そもそも関わる気が無いのなら……あの時、僕に声を掛けなかった
亮の何らかの含みを持った感じがする言葉を聞き、前方を歩いていた静江はピタと足を止めた。
そして、振り返ってから亮を睨みつけつつ返答する。
「声を掛けた理由ならありますよ。月詠荘の雑務を押し付けられそうな人を探してたというのが理由です」
「…………」
静江の返答に黙り込む亮。
無言のまま、静江は学校に向けて歩を進めていく。まるで亮が必ず急いで学校に行くことを確信したかのように。しかし、亮は溜め息だけつくと再びゆっくりと学校へと歩き始めた。
亮たちの通う学校「雪月学園」
中学校、高校が一つになっている中高一貫の学校の一つである。
学力は全国的に見ても高く、入学希望者も多い。
また、学園の中も非常に広く、施設や設備も沢山ある。
その事は定員が多い割に倍率が高くなることに拍車を掛けている。
舞台はそこの1−Cの教室に変わる。
―――キーンコー…ガラガラガラッ
遅刻直前のチャイムがクラスのドアを開ける音で
それはカッターだった。
ご丁寧に刃まで出ていたりする。初めから亮に当たらないよう設定されたかのような正確さで投げつけられていた。
見事に亮の目の前を通過し、後ろの棚に突き刺さり静止する。
一歩間違えれば怪我確実であるこんな事をするのはもちろん……如月 静江、唯一人。
それを知っている亮は溜め息をつきながら、投げた本人へとカッターを投げ返す。
当然の如く、刃は閉まってだが。
こんなことは日常茶飯事の出来事と化しているようでクラス内の人間は歯牙にも掛けない。
朝課外が始まる前であり皆、他人の事など大して気にしていないことも原因の一つではあるようだが。
宿題をやる者、予習をやる者、友人と話す者、様々ではある。
亮は自分の席―― 一番後ろの廊下から数えて右から三番目 ――に腰掛ける。
「相変わらずだな、亮」
「
いきなり亮に話し掛けてきたのはこの学校での唯一無二の彼の友人。
名前はノヴァ・シャディアス。名前から察する事ができる通り、外国人……ではなく、ハーフである。
そのためか、話している日本語も
亮はノヴァに適当な返事を返し、自分の鞄の中身を漁る。
彼が取り出したものは教科書。
ペラペラとページを
「お前って勉強が好きだよな」
「ほっとけ。っていうか、君も宿題くらいはしてこいよ」
「ノープロブレムだ。……ところでお前、
現在は四月中旬の学校は始まったばかり。
亮が持っている数学の教科書はその時期には有り得ないページ数が
「何、場合の数と確立のところだ」
「そうか……って、待て! 三つ先の単元じゃねえか!!」
「数学はパズルを解くみたいで楽しいだろ?」
「はあ、まあそれは個人の自由だから気にしないが……幾ら何でも進み過ぎだろ」
「それも個人の自由だ。よって気にするな。それより宿題は大丈夫なのかい?」
皮肉たっぷりに言い返す亮。何かノヴァが焦ることを、わざと分からせる口調で言う。
ノヴァは、その口調にはっとして時計を見る。時計の長針と短針はそれぞれ七と五の場所を指していた。
「ヤバッ、課外が始まるまで五分しかねぇ! 亮、見せてくれ!」
亮は呆れたように溜め息をつき、自分のファイルから宿題のプリントを探す。
しっかりと整理されたファイルの中からプリントを見つけるとノヴァの方に突き付ける。
「ったく、今日くらいは宿題やってきてるかと思えば……」
「悪ぃ、悪ぃ。」
さも当然のようにノヴァはプリントを受け取ろうとする。
だが、亮はその行為を遮るようにすっとプリントを引き下げる。
ノヴァの手が宙を掠める。
「この後に及んで
「まさか、ただで見せてもらおう、とか思ってないだろうな?」
「なっ、今まで見返りは求めてなかっただろ?」
「仏の顔も三度まで……何回見せてやったと思ってるんだ?」
亮は完全に呆れ返って呟く。
そうこうしている内にお金よりも貴重な時間は刻一刻と過ぎて行く。
ノヴァは焦りながら時計と亮を交互に見る。
「クソッ……何が望みだ、亮?」
「そうだな、最近は金欠で困ってる。ということで昼飯を
「くっ、背に腹は変えられない……
「取引成立。ほらよ、明日からはしっかりやれ」
そう言って、亮は再びノヴァの前にプリントを突き出す。
渋々と言った感じでだがノヴァはそれを受け取る。
やっと宿題を借りる事が出来たノヴァはいそいそと写す作業に移る。
ただ、途中の計算式も書かないといけない数学の宿題であったので残り二分で終わるはずが無かったのは余談である。
時間は昼休み。
学生にとっては授業から解放され、心が沸き立つ時間。
雪月学園も例外に漏れることなく騒がしかった。
だが、1−Cのある一ヶ所からは負のオーラが流れていた。
「くそ〜……結局、宿題が終わらなくて追加課題を出されたじゃねえか!」
自分の感情を
「
亮はノヴァに対して冷静に言葉を返す。
説教じみているのはご
「さて、昼飯を
「なっ…それは無しじゃ……」
「全く馬鹿の極みですね」
「如月、何時の間に? いや、それより馬鹿のきわ……」
「あなたですよ、馬鹿の極みは。さて、私にも何か
「なんでお前なんかに……」
「文句は無いですね?」
ノヴァの文句に静江は間髪入れず、返答する。
「……はい、ありません」
ノヴァは静江に
「亮、如月って怖いな……お前、よくあんなのと一緒に居られるな」
「慣れたしね」
小声で静江に聞こえないように話す。亮は完全に慣れた風に言葉を返す。そして、悪口を本人の前で言っていたら気付かれる訳で。
「聞こえてますよ、二人とも。ぶっ殺して差し上げましょうか?」
二人の小声の会話を聞き取った静江は軽く殺気を込めて二人に言い放つ。
さすがに二人ともこれには黙り込んでしまった。
この一言で、なお渋ったような顔をしていたノヴァは諦めたように立ち上がる。
「仕方ない、買ってきますか」
「では、焼蕎麦パンをお願いします」
「ったく、何が『では』だよ……いえ、何でもありません。亮は何が良い?」
再び、静江に睨まれたノヴァは亮に話を振る。
「食えるものなら何でも良いが?」
「分かった。じゃ、買いに行って来る」
ノヴァは購買部に行く為にクラスの外に出ようとした。
しかし、何かを思い出したかのように亮を呼ぶ。
その声を聞いた朝の遅刻寸前の事で静江に嫌味を言われ続けている亮は気だるそうにノヴァの側に行く。
そして、ノヴァが亮に耳打ちすると更に亮の顔が不機嫌になる。
「……僕じゃないと駄目なのか?」
「ああ、駄目だ」
きっぱりと言いきられると亮は観念したかのように肯定の意を示す。
それを見たノヴァはいそいそと購買部に向かい、亮は後ろで小言を言わんとすべく待機している静江の元へ向かった。