……また任務か。
再び手を血で汚すことになるのか。とは言っても任務は任務。
私情を簡単に挟むわけにはいかない。
面倒くさいからとか言ってたら、殺し屋がまた人を殺す。
そうなると自分と同じような道を
日も西に傾きかけた時刻。
街にいる人々は長い影を引きずり、会社から学校から買い物から帰宅するべくいそいそと歩を進めている。
そんな
「君が相沢 香澄さん?」
少女は青年の言葉に気付いていないかのように押し黙っている。
だが、青年は少女を見つめている。
まるで自分の言った言葉には間違ってない自信があるように。
数分後、少女がすっと立ち上がった。
青年はピクリと反応すると、いきなり少女の腕を
「いきなり危ないね。君が相沢 香澄さんだね?」
青年の言葉には確信が満ちているが、敢えて相手を確認するように語っている。
少女が肯くのを確認すると青年はゆっくりと腕を放す。
「それにしても僕の周りには物騒な人が多いな……クククク」
青年は自分の身の上を思い起こしたのか少女に背を向け、急に声を押し殺して笑い出す。
少女は急に笑い出した青年に戸惑っていた。
そう、自分の期待していた人間像と違っていたかのように。
「さて、与太話はこれくらいにしておくから詳しい話を聞かせてくれるかい?」
青年が少女に促す。
だが、少女は俯いたまま視線を泳がせているだけだった。
一時の沈黙。
未だ口を開こうとしない少女を見兼ねて青年は言葉を漏らす。
「まあ、話したくない気持ちは分かるよ。僕はここに座っておくから話したくなったら話すと良いさ」
青年は少女に向かってそれだけ言うと隣に腰掛けた。
そのままの状態で十数分が過ぎただろうか。
唐突に少女が青年に声を掛ける。
「あの……あなたの目は
か細い声。
少女の声は今にも壊れそうな声だった。
無理矢理絞り出したと言っても過言ではない。
話し掛けなければいけないという思いが
「ああ、これね。
そう言うと少女の反応を確かめる為に少女の方に顔を向ける。
彼は両目で瞳の色が互いに異なっていた。
左目は真紅。まるで血のように動脈を流れる血のように真っ赤だった。
右目は漆黒。まるで闇のように深い絶望を表した闇のように真っ黒だった。
少女は珍しそうにその瞳を見続けていた。
それを肯定の意として取ったのか、青年は言葉を続ける。
「やはり、こんな目を見るのは初めてか。これは……手術の副作用みたいなものかな?」
「手術の副作用……? あの、大丈夫なんですか?」
少女も普段の調子が戻ってきたのだろう。
口調に怯えが無くなり始めていた。
「視覚に問題は無いから大丈夫だよ。心配してくれて有難う」
そう言って少女に微笑みかける。
その笑みを見て少女は疑問を持った顔をした。
再び自分の疑問を投げ掛ける。
「あなたは本当に殺し屋の方なんですか?」
「ああ、そうだよ。……そうか、さっき切り掛かってきたのはそれを確かめる為か」
一変して先ほどまでの優しい口調は消え去り、淡々とした口調。
温和な雰囲気も消え去り、冷酷無比の色を出している。その声には感情が全く
「正確にはマフィアや殺し屋といった反社会的なモノ専門の殺し屋だけど」
「で、でも……」
少女が恐る恐る口を開く。
青年の口調、雰囲気に恐怖感を抱いたのだろう。
至極当然の反応とも言える。だが、青年は少女の反応を全く意に介せず、言葉を連ねる。
「ああ、僕は殺人者さ。どんなに言い訳をしようともね。それは否定しないよ」
冷たく言い放つ。
悲しみや絶望、後悔の念が
「これで少しは僕のことを信用してくれたかな?」
「え……?」
「驚かせて悪かったね。だけど、こうでもしないと話してくれそうになかったからさ」
再び温和な口調で言った後に顔を伏せる青年。
その様子を見た少女はポツリポツリと話し始める。
「私の父は優しい人でした。母は私が小さい頃に事故で亡くなったそうで、今まで父が男手一つで私を育ててくれました」
過去を懐かしんだ風な口調。そこからは簡単に悲しみの感情が読み取れた。この少女も自分と同じく大切な人を他人の手によって失ったのだろう、と青年は予測しながら話を聞いていた。
それから少女は溜め込んでいた思いを、
涙を流し
「ニ、三だけ質問があるんだけど良いかい?」
「……はい」
青年の声と共に少女は涙を拭い、ハッキリとした口調で答えた。しかし、青年は彼女の精神状態が不安定になっていることを見越し、質問を最小限に留めようと考えていた。どの質問をするのが適当か、少しだけ思案に暮れ、口を開いた。
「そうだね……まず、一つ目。君は何故、“裏”の社会のことを知った?」
途端に少女の顔が曇る。青年は質問内容を選び誤ったかと思ったが、一度でも口にした質問を撤回する事はできずに口を
「父の……父の遺書に書いてあったのです……」
「遺書?」
「はい、父は殺されることを……予想していたみたいなのです。殺された日の朝、机の上に置いてありました」
「そう……警察には見せてないね?」
「はい……」
青年はその言葉で満足したかのように立ち上がる。長い間、放置されていた為に汚れていた公園の椅子に座っていたからか、青年は真っ黒の服を手で叩く仕草をする。そして、少女の方に向き直り、謝罪する。
「悪かったね、辛いことを思い出させてしまって」
「いえ、そんなこと無いです」
「そうか、それなら良いけど」
謝罪を終え、少女に向けられた青年の顔には僅かな笑みが浮かべられ、雰囲気は柔らかい物であった。そこからは殺し屋の雰囲気など微塵も感じられない。だが、彼は殺し屋であるのだ。今までに出会ってきた敵を百パーセントの確率で殺してきた殺人者。それが彼なのだ。優しい笑みを浮かべる“彼”と無感情に無表情で殺気を放つ“彼”。どちらが本当の彼なのだろうか。いや、どちらも本当の彼なのだろう。
少女は青年に微笑み返すと、立ち上がって出口へと歩いて行った。青年はその姿を優しげな瞳で見つめていた。“もう、あの娘は大丈夫だ”。青年はそう確信すると携帯電話を取り出す。慣れた手つきでボタンを押して行く。数回のコール音が携帯電話から流れ、相手が出た。
「確認は終わった。あの男で間違い無い。写真も見せてもらった……それと場所の指示を宜しく頼む」
青年の声は無感情で、少女に見せた殺し屋の一面のそれだった。ピッという機械音を立てて電話が切れる。それを胸に仕舞うと、ふと、何かに気付いたように青年は生い茂る草の一部へと目を遣る。そこには淡い紫色をした花が咲いていた。周りには背丈の高い草が占領しているというそんな場所で、その花は花弁を俯き加減に広げていた。青年は苦々しげな顔をしたまま、それを見つめる。公園に花を見つめる青年だけが残っていた。
「ボリジ……花言葉は『変わる心』、か。これも教えてもらった花……」
青年は一言だけ自嘲的に呟く。無感情な声とは違った悲しみの