明後日の夜……いや、明日の夜が良いか。出来るだけ、今回の仕事は早い方が良いかもしれない。僕があの子に会っていたこともいずれ、敵にばれてしまうだろう。そうしたら、彼女が危ない。しかし、今回の相手は中々厄介だ。準備も要る。だから、明日だ……明日、僕はまた、人を殺す。
狂華
第一章
第四話:心理戦
「……何ですか、これは?」
夕方、学校から月詠荘へと帰って来た亮は目的地の前で立ち竦んでいた。驚きの余り、言葉遣いが少々、静江っぽくなっていたりしたが、そんな事に気付くはずも無い。
亮は目の前にあり、月詠荘に入れない原因となっている物を見つめる。そして、そのまま溜め息をつくと言う行動に移行する。目の前に転がっているのは人。しかも雪月学園の男子生徒。更に言えば、雪月学園の男子生徒で月詠荘に寄宿している者達。
亮が確認した限り、息はあるので生きてはいるようだが、全員昏倒している。亮の脳内では、この状況を作り出した人物がすぐさまピックアップされていた。
(如月さん……)
今までに、彼女が亮や寮生にしてきた行為を考えると、彼には静江がしたとしか選択できなかった。亮は犯人を静江と確信し、次の思考に移る。
(何故、こんなことを?)
そう、理由である。静江の行為は無茶苦茶で破天荒で理解に苦しむが、確実に彼女の中には確固とした理由が存在する。仮にそれが如何に理不尽な物であったとしても。つまり、彼女は理由無しで人を傷付けないのだ。だからこそ、亮は理由を考えた。
ここで寝転がっている生徒たちが何か悪さをしたから。確かにそれなら静江の“おしおき”と称した体罰を受ける理由は充分である。だが、その考えを亮は否定した。何故ならこれだけの数の生徒―――十数人もの生徒―――が騒ぎを起こしたとなると流石に大事となっている。幾ら亮が寄り道をして少し帰ってくるのが遅くなったとはいえ、学校が終わってから今までの時間に事件を起こし、静江に見つかるほどの時間は無かった。更に学校でも事件を起こした生徒が居ると言うような連絡も無かった。よってこの仮説は彼にとってあっさりと否定できるものであった。
しかし、そうは言ってもこれ以外の理由は簡単に見つからなかった。静江は月詠荘の沽券に関わる事を非常に気にする。だから、寮生が気絶させられる理由は月詠荘の名前を汚すような事をしたからとしか、亮には考えられなかった。
「……仕方ない。直接、聞いてみるか」
最終的にそう言う結論に至る。放って置かれている生徒には申し訳無いと謝りつつ、亮は月詠荘の玄関に手を掛ける。その瞬間に亮は一つの仮説を立てる。
(今朝、自分が遅刻寸前だったこと……!)
亮は“自分”という存在を仮説の中で考えていなかった。つまり、亮が帰ってくる前にドアを開けた生徒達が、帰ってきた瞬間、ドアを開けた瞬間に何かをされたというものだ。これなら納得できた。しかし、開ける瞬間にその事に気付いたのだ。その仮説が頭の中を過った瞬間、亮は玄関のドアを既に開けていた。閉めると言う行動を取るには遅すぎる。そう考えた彼は身体を思いっきり左へと捻る。変な動きをした為に亮は苦痛で顔を歪める。だが、その程度の苦痛は彼にとって未だ楽なものだった。
―――ズドン
明らかに銃声と思われる音が一帯に響く。変な体勢を維持できずに倒れる亮の目の前を、恐ろしい速度で何かが飛んで行く。そのまま、それは道路を挟んだところにある塀に当たり、静止した。亮は地面に座り込んだまま、硬直していた。今までに静江は摸造刀を投げたり振り回したりはしてきたが、死に直結するようなモノ―――例えば、銃―――を使ったりはしなかった。
「全く……やっと帰ってきましたか」
玄関のドアの奥から静江の声が聞こえる。亮の仮説通りに彼を待っていたことだけは間違い無いようだった。
静江は玄関から外に出て、亮の目の前に立つ。その右手にはショットガンと思しき、銃が一丁。銃口は亮の眉間に据えられており、引き金には静江の指が掛けられていた。亮の命は静江の指一本に掛かっていると言っても過言ではない。亮は言葉に注意しつつ、静江に声をかける。
「何故、僕を撃ったんだ?」
その声は震えていた。当然と言えば、当然だが。目の前に銃口がある恐ろしさと言ったら、どんなものなのか。その状況に至っている本人にしか理解し得ないだろう。
「それは今朝、遅刻寸前だったことですよ」
「やはり……」
ピシャリと言う静江の返答は亮の仮説に寸分違わぬ物だった。だが、未だ納得できない部分がある。それは“何故に銃を使っているのか”ということだ。ちなみに“何故、銃を持っているのか”という疑問を亮は考えなかった。今までに摸造刀を引っ張り出したりしているからこそだろう。あくまでも“使っている”ことに疑問を持っているというのは余談である。
「一つ聞きたいんだけど?」
「何でしょうか? 懺悔ですか?」
質問が懺悔と言うのもおかしな話である。亮は静江の返答を肯定の意と見なし、質問をする。
「何故、僕は遅刻寸前だっただけで銃を向けられるんだ?」
極々当たり前の質問をしたはずの亮に冷たい視線が浴びせられる。視線は更に鋭くなり、果てには殺気紛いの物を帯び始めている。引き金に掛けている指に力が加わっているのが分かる。
そして。
「言い残すことはありませんね、落ちて下さい」
―――ズドン
言葉が終わると同時に第二発目の銃声。躊躇いとか後悔とかそう言った物は一切無い。機械が自分の仕事を全うするかのように、その動作には全くの無駄が無かった。
「……避けないで下さい」
「それはつまり、僕に死ねと?」
「誰がそんなこと言いました? こんな物では死にませんよ」
身の危険を感じて咄嗟に逃げた亮へ意外な返答が帰ってきた。静江は亮の足元へと銃口を向け、引き金を引く。轟音と共に発射されたのはゴム弾だった、と言ってもアスファルトの地面にしっかりと減り込んでいる。
「ほら、大丈夫でしょう?」
「そうか……だから、表で転がっている人達は気絶してた、と」
「その通りです」
納得したと言った感じで亮は立ち上がる。しかし、当面の問題は解決していない。相変わらず、目の前にはゴム弾ショットガンを携えている静江がいるのだ。幾ら死なないからと言っても近距離でゴム弾を撃たれたら、骨折はする。離れていても気絶するくらい痛いのだ。亮としては、何としてもゴム弾を発射されるのだけは避けたかった。
「取り敢えずさ、その物騒な物を下げてくれないかな?」
「断固として拒否します」
即座に交渉決裂。亮はパッと右に飛び退く。予想通り、静江の銃からゴム弾が発射された。亮はフー、と緊張の糸を切らさぬように息をつく。第一次災害は避けれた。しかし、未だである。亮は銃の弾切れを狙っていた。至難だが、それまで静江の思考を読みつつ避けるしかない。発射された瞬間にその方向にいたら、アウトだ。
「避けないで下さい、と言っているでしょう?」
「断固拒否するよ」
その言葉と同時に今度は左へ飛ぶ。再び、ゴム弾が発射される。避けたという思考が亮の頭を過るが、今度はしゃがむ。静江は更に亮ヘ狙いをつけ、引き金を引いていた。何とか、亮は三発目も避ける事が出来た。亮は更に神経を尖らせる。
「全く、あなたが避け続けると撃たれた人達が、無駄に撃たれたようで可哀想じゃないですか」
「君の言うことにも一理あるけど、その前にそんな物を持ち出さなければ問題無かったんじゃないか、と思うのは僕だけかい?」
「そうは行きませんよ。それにあなたのやる気の無さには、少々辟易してましたから」
ショットガンの狙いをしっかりと亮の方に据え、睨みつける。端から見れば、会話の内容以外は映画のクライマックスのワンシーン。もっとも亮にとって、心中は映画の主人公さながらにシリアスな状況であるが。
「やる気が無い? 僕が?」
「ええ。確かにあなたは寮の仕事もやっていますし、学校の宿題もしっかりしています。しかし……」
一旦言葉を切り、ゆっくりと言葉を続ける。
「あなたからは如何しても“ただ、やれば良い”という感が否めないのですよ」
「………」
黙り込む亮。それに対して、静江はここぞとばかりに言葉を畳み掛ける。
「おや、図星ですか?」
「別にしっかりと“やって”はいるんだ。仮に、僕にやる気が無いとしても問題は無いはずだけど?」
「人間、心が大事ですよ。ですから更正させていただきます」
「人の心的観念を無理矢理捻じ曲げるのには問題あると思うけどね、ハァ……」
そう言うと亮はジリジリと身体を左へずらして行く。何時でも静江の銃が、弾を発射しても避けられるように気を配る。しかし、それだけでは駄目である。今、亮が、少しずつだが向かっている方向は、寮への玄関。そろそろ弾切れということを見越し、亮は逃げ込む準備を着々と進めていた。そんな亮の様子を見て、静江はフッと笑みを浮かべる。
「この銃の弾が切れたら、全力で寮内へ逃げ込む算段ですか。中々良い判断力をしてますね」
「………」
「では、あなたが少し有利になるようにヒントを差し上げましょう。残りの弾は一発です」
亮は訝しげに静江を見つめる。自分で自分の弱点を曝け出すことは無い。つまり、これはフェイント。残りのゴム弾は二発。そう判断した亮は、右へと飛び退く。
―――ズドン
一発目。次が来ると予想した亮はその場で屈む。
―――ズドン
亮の予想は的中していた。静江は驚いたと言った顔をしながら、亮を見る。亮は即座に踵を返し、玄関へと走り逃げ込む。
だが、彼の予想は甘かった。
―――ズドン
無情に響く一発の銃声。その一発は確実に亮の背中を捉えていた。完全に油断していた亮は、避けることが出来なかった。もっとも銃声を聞いた後からでは遅いのだが。背中へ受けた衝撃に耐え切れず、宙に浮く。そのまま玄関から伸びる廊下の上に叩きつけられ、沈黙。
数秒後、静江は沈黙を保っている亮の側にやってくると一言、呟く。
「良い判断でしたが、もう少し考えれば三発残っていることも分かったでしょうに。今回は私の勝ちです」
何やら、主旨がずれているとも取れる発言をする。死人に口無し、と言った所だろうか。亮からは勿論、返事は無い。静江は亮の横を通り過ぎ、ショットガンを片付けようと何処かへ向かう。しかし、何かを思い出したかのように顔だけ亮の方へ向け、更に一言投げ掛ける。
「そうでした。夕御飯を早く作ってください。もうすぐ日が暮れますよ」
◆◇◆◇◆
トン、トン、トン、とリズミカルな音が俎板の上で響く。包丁で野菜を切る音だった。切り終わると、予め油を引いて温めておいたフライパンの上に放り込む。ジャーッ、という音を立て野菜が火に掛けられる。次々に野菜を入れていき、塩と胡椒で簡単に味をつけ、野菜炒めを完成させる。それを皿へと盛り、次はほんのりと焦げ目のついた焼き魚を皿へ盛っていく。
「早くしてください、既に夕食の時間を十分も過ぎてますよ」
台所に静江の声が響く。台所の中では亮が、今日の夕食を作り上げていた。摩り下ろした大根を、焼き魚の乗っている皿へ盛り付けると静江の方に振り向き、返答する。
「ああ、後少しで終わるよ。それより……遅れた理由は如月さんが僕を気絶させたからだろう?」
「あなたが遅刻しそうになったのが悪いんですよ。それだけではありません。あなたの所為で怪我人が出ました」
「……相変わらず、理不尽だね」
そう言いつつも作業の手を休めない。休めようものなら再び気絶させられかねない。最早、本能的に脳に刷り込まれている理性が、亮の脳内でそう語っていた。そうこうしている内に料理は完成する。
「さあ、早く食堂に運んでください」
完成するや否や、亮に次の仕事を告げる。静江は全く何もしていないので、図々しくも感じられるが、亮は無言でそれに従う。逆らったところで半殺しにされるのが目に見えているからだ。次々と完成した料理を食堂へ運んで行く。数分後、食堂の大きな机の上には温かな湯気を漂わせている夕食が置かれていた。
寮生は皆、既に食堂へと来ていた。挨拶を済ませ、一斉に食べ始める。亮はふと、テレビで流れているニュースに目を向ける。その瞬間、キッ、とテレビを睨めつけ、すぐに立ち上がる。そして、そのまま食堂から出て行こうとする。
「如何したのですか? 食事中ですよ?」
「いや、学校に忘れ物をしたのを思い出したから取りに行って来る。もうすぐ、学校の鍵が閉まってしまうしね」
「そうですか」
それだけの会話を済ませると亮は玄関へ向かう。靴を履き、玄関に掛けておいた黒いコートを羽織ると暗闇の中へ飛び出す。
―――彼の左目は真紅に染まっていた。
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