「ふぅ。今回の任務は大変だったな」

黒い服に身を包んだ青年が椅子に座り込むなり、そう呟いた。 彼の髪の色は黒く、顔つきは整っており、輪郭や肌の色などから日本人と見て取れる。 しかし、普通の日本人と異なる部位が一箇所。 左目だけが不気味に紅く染まっている。 右目は黒に対しての紅のオッド・アイ。 彼は腰に差してあった日本刀を机の上に置き、ふと窓の外に目をやった。 そこには、桃色の華が宙を舞っているのが見えた。 彼は華をよく見ようと窓の方に向かった。 窓を開け放つとその華の香りがする。 彼は窓から手を出し、花弁を一枚掴むとふっと呟いた。

「紅雪か……」



狂華
外伝:紅雪




青年は花びらを見つめていた。 しかし、一分後。 彼は身体を反転させ、ドアの方を見つめた。 そして……懐から銃を取りだし、ドアに銃口を定めて構えた。

ドアが開く―――

その瞬間に青年の銃が火を吹いた。 ドアを開いた人物は室内に入りこみ、鉛の弾を回避した。 その人物……10歳くらいの少女は銃弾を放った張本人の姿を捉えようと前方に目をやった。 だが、そこに人の姿は無かった。 その代わりに自分の後頭部にゴリッとした感触を受けた。

「いきなり、何? ブラッディー・アイ」
「気配を絶って入ってきた君の方こそ非があると思うが……パラドックス・ガール」

ブラッディー・アイと呼ばれた青年は不法侵入してきたパラドックス・ガールと彼が呼んだ少女に悪態をついた。 突きつけていた銃を下ろすと疲れたように再び椅子に座った。

「で? 何か用?」
「うん、任務だって」
「……またか?」

ブラッディー・アイは嫌そうに返事をする。 任務から帰ってきて早々、再び任務に行かされそうになっているからだろう。

「任務を終わらせてきたばっかりで悪いけど、召集が掛かったみたいなの……」
「召集? 他には誰が?」
「私たちを含めたNo.003からNo.006までの四人だって」
「No.003からNo.006まで? そんなに動員するのか?」
「うん」

ブラッディー・アイは目を閉じ、溜め息をついた。 そして、任務に行く事を覚悟したかのように立ち上がる。

「仕方ない……僕が行かないと無理なんだろ?」
「ごめんなさい……」
「何、君が謝る事は無いさ。これが自分で進んだ道なんだ」

そう言うと彼は刀を手に取り、パラドックス・ガールと共に部屋を出ていった。


ブラッディー・アイ達が所属しているのは“Executioner Members”と呼ばれる政府公認の対殺し屋の組織。 他にもマフィアの組織を潰したり、遺伝子改造された生物兵器の討伐などと戦闘のエキスパートである。 特にナンバーを与えられている者は人外の戦闘能力を誇る。 そして、普通の人間では対処できないことを生業としている。 まさに“処刑執行人”である。


ブラッディー・アイとパラドックス・ガールはある部屋に入っていった。 その部屋には一人の女性が立っていた。

「No.003パラドックス・ガール、No.004ブラッディー・アイ……来ましたか」
「他の二人は?」

部屋の中を見渡し、ブラッディー・アイが尋ねる。 確かに二人しか来ていない。 予定では四人来るはずである。

「既に説明を聞いて、準備に戻りました」

ブラッディー・アイたちにそう説明する女性。 二人は納得したように肯くと側にあった椅子に腰掛ける。 そのまま何事も無かったかのように説明を続ける。

「今回の任務はある研究所で実験されていた新型の生物兵器の排除です」
「生物兵器か……」
「そうです。どのような生物体を利用しているか分かりませんが前回の物より強力である事は分かっています」
「前回より強力? 厄介だな……数は?」
「不明です。大量に造られているのかどうかも分かりません」
「じゃあ…何故、場所が分かった?」
「こちらのエージェントがある場所に潜入し、そこで連絡中に殺されたのです。」
「なるほど。で、四人も必要になるわけか」
「はい、用心に越した事はありませんから」

ブラッディー・アイは納得すると椅子から立ち上がった。 パラドックス・ガールも同様に立ち上がる。

「武器を取りに入ってくる。集合場所と時間は?」
「場所はいつも通り、時間はp.m六時です。作戦内容は後ほど伝えます」
「分かった……行こうか、パラドックス・ガール」
「うんっ」

二人は踵を返し、部屋を出て行った。







人里を離れた謎の研究所のような建物の側。 暗闇と静寂、ただそれのみが辺りを支配している。 月も無く、街灯も無い夜の暗さ。

―――漆黒。

まさにこの言葉が当てはまる暗さ。 その漆黒に紛れるかの如く、漆黒の服を着ている青年が一人。 青年の左目は紅く輝いている。 そして腰には日本刀が差してある。 更に彼の側には全長2mはあろうかという、超巨大な剣を携えている少女がいる。 彼は建物の方に双眼鏡を向け、入り口を見る。 何かを確認して、双眼鏡を下ろす。

「警備の人数は正面に二十人ばかりか……そろそろ行こうか? パラドックス・ガール」
「じゃあ、陽動作戦開始ね」
「そうだな、中のことはNo005とNo006に任せているから僕達がそろそろ動かないとな」

ブラッディー・アイは懐からすっと銃を取り出すと建物に向かって音も無く走り出した。


ブラッディー・アイは敷地の入り口の前に到着した。
彼は見かけ普通の青年。 もちろん、入り口の警備員に止められる。

「おい、ガキ! ここから先は立ち入り禁止だ!」

ブラッディー・アイに向かって怒声を浴びせる警備員。 声の具合から明らかにこの建物が普通の場所でないことが感じ取れる。 ブラッディー・アイは溜め息をつき、警備員に一言言い放った。

「じゃあね」


―――ドンッ

闇夜に響く一発の銃声。 放たれた鉛の弾は警備員の胸部を貫いていた。 赤い血の滴が宙を舞う。 ブラッディー・アイは死にゆく警備員を尻目に敷地の入り口に向かって走り出す。
銃声を聞きつけて、警備員が駆けつけてくる。 ブラッディー・アイはそのうちの一人に突っ込み、銃を懐にいれ、腰の日本刀を抜刀する。 警備員の右下腹部に刀が食い込み、人の体が斬れる鈍い音と共にずるりと警備員の右半身がずれ落ちる。 血を浴びながら、抜刀した勢いで身体を反転させ、懐から再び銃を取り出し発砲する。 発射された二発の弾丸は二人の警備員の、それぞれ心臓と脳髄を的確に貫き、生命活動を停止させる。
ある警備員が反撃に移ろうと銃を構え、ブラッディー・アイに銃口を向けて引き金を引く―――

しかし、銃弾が発射されることは無かった。 警備員の上半身はすでに無くなり、鮮血が噴き出している。 パラドックス・ガールが横に薙いだ大剣によって。 彼女は10歳くらいの少女が扱えるとは思えない得物を振るっている。 否、普通の成人男性でも振る事は適わないだろう。 しかし、彼女は“それ”を子供がおもちゃを振り回す様に扱っている。 右、左、上空に舞い上がっての斬撃。 大振りではあるが確実に警備員の肉体を破壊し絶命させる。 十数人はいた警備員が物の数分で“赤い色に染まった物体”になっていた。 パラドックス・ガールは大剣を下ろし、ブラッディー・アイの方を見た。

「さすがだね……パラドックス・ガール」
「ブラッディー・アイの方が強いでしょ」
「いや、君には勝てないさ」
「そうだったね……」
「さて、そろそろ御喋りは終わりかな。次が来るよ」

そう言うとブラッディー・アイは右手の刀を後ろの方に突く。 ザクッという鈍い音がし、ドサリと何かが倒れる。 ブラッディー・アイは刀を引き抜くと倒れた物に銃弾を叩きこむ。 その物はブラッディー・アイの目の前で完全に動きを止めた。

「生物兵器……やっと出てきたか」

ブラッディー・アイは呟くと更に銃弾を放つ。 獣のような叫び声が聞こえるが、その音源は確実に近付いている。 ブラッディー・アイはすっと後ろに下がるとその場で強く踏み込み、自分のいた場所に肉眼では追いきれない速度の斬撃を一閃放つ。

「我流剣技『紫電』」

彼の刀は何かを完全に両断し、地面にすら深い斬り傷を残す。 彼が斬った物、それはライオンのような生き物であった。 しかし、あくまで“ような”である。 その容姿はライオンとは言い難く、羽まで生えている。 ブラッディー・アイたちが言う、「生物兵器」である。

「おかしい。こいつは見た事がある……新型じゃない」
「私も…… !! 何か来る!?」

奥から青年とライオン型の生物兵器複数が出てくる。 ブラッディー・アイとパラドックス・ガールの二人は身構える。

「侵入者というのはお前達だな。……排除する」

そう言った直後、青年の筋肉が人とは思えないほど隆起する。 そして、ブラッディー・アイに襲い掛かる。 ブラッディー・アイは身体を捻り、何とか攻撃をかわす。 だが、青年は腕を横に薙ぎ、ブラッディー・アイを吹き飛ばす。 グッ、という呻き声とミシッという骨の軋む音がブラッディー・アイから漏れる。 地面に激突して受け身を取り、視線を戻す。 そして、バックステップで間合いをとる。

「グッ……人型の生物…兵器か。こいつが新型とは……」
「詮索は無用。侵入者には死あるのみ」
「パラドックス・ガール、手を貸し……無理か、クソッ!」

なんとパラドックス・ガールはライオン型の生物兵器に襲われて奮闘していた。 ブラッディー・アイは悪態をついた。
そして

「仕方ないな……本気で、殺してあげるよ。」

そう言うと軽く息を吐き、凄まじい殺気を剥き出しにする。 先程まではわずかに残っていた人としての情けや躊躇が完全に目から消え去る。 青年に向かって銃弾を放つ。 だが、青年はサイドステップであっさりと銃弾をかわし、ブラッディー・アイに向かってくる。 ブラッディー・アイはニヤリと笑うと銃を両手に構え乱射する。 それをも避け、尚突進してくる青年。 ブラッディー・アイに突進のスピードを加えた拳を放とうとする。 ブラッディー・アイはそれを避ける気すらなく、銃を懐に入れて日本刀に手を伸ばす。 しかし、反撃をするにしては明らかに抜刀するのが遅過ぎる。 スラッと刀が抜き放たれようとする。
それより一歩早く青年の拳がブラッディー・アイに当た―――らなかった。 青年の足からは赤い鮮血が流れ始めている。 青年の足を襲ったものは先程放たれた銃弾。 ブラッディー・アイは銃弾を跳弾させたのだ。

「我流剣技『紫電』」

ブラッディー・アイの止めの一撃。 青年の身体は隆起した筋肉もろとも胸から両断される。 青年の目には驚きの色がはっきりと表れている。 何時足に銃弾を受けたのか、何故自分の身体が斬れているのか。 その疑問もすぐに潰える。 生物兵器といえど、心臓を両断されては数秒も生きられない。 倒れて、紅い血や臓器を地面にぶちまける。

「そっちは終わったかい?」
「うん、右腕に爪がちょっとかすったけどね……」

パラドックス・ガールの周りには肉や臓器の破片が飛び散り、身体を斬られた生物兵器の死骸が数体転がっている。 ブラッディー・アイは生物兵器の死骸を確認すると携帯電話を取り出し話し始める。

「No005、そっちはどうだ?」
「問題無い。新型で動けるのはお前が倒した一匹だけだったみたいだ」
「分かった。後は頼む」
「了解」

―――ピッ

電話をきると自分の周りを見渡す。 急に強い風が吹いた。 その風は何枚かの花びらを運んできた。 ブラッディー・アイはそれを掴むと少し驚いた表情になる。

(紅雪……か? しかし、こんな場所に……皮肉だな)

華の正体が分かるとふぅと溜め息をつく。

(紅雪の意味は二つ。「桃の花」と「ほとばしる血」……まさにここの光景だな)
「如何したの? ブラッディー・アイ」
「え? ああ、紅雪が飛んできてね」
「紅雪って?」
「桃の花のことだよ」
「ふ〜ん……ブラッディー・アイって華に詳しいよね」
「まあね………さて、帰ろうか」
「うんっ」

二人は建物を背に向け歩き始めた。 ブラッディー・アイの顔には陰りがある。 つらい事を思い出したかのように。

(桃の花言葉は『気立ての良い娘』……あいつを思い出す。……君まで僕に何か言いたいのか?)
「何ボーっとしてるの? 早く帰ろう?」
「ああ、今行くよ」
(もう、何もかもが遅いんだ。君の為に復讐するのが僕の生きる糧になっているんだ)
「もうっ! 早く〜!」
「アハハ、ゴメンゴメン。さあ、行こう」
ブラッディー・アイはパラドックス・ガールの手を握り、歩いていく。 血で汚れた建物から遠ざかって行く。 まるで現実から逃げ出すかのように……




ブラッディー・アイ。
彼はこの2週間後に自分の初めての復讐を果たすこととなる。 そして、彼は狂った華を残して行く。
また別のお話ではあるのだが。







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